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アンコールトム東部の遺跡群 Angkor Tom East
エリア: アンコールワット カテゴリー: お土産&雑貨
トムマノン
エリア: アンコールワット カテゴリー: アンコール遺跡群 名所
アンコール・トムの勝利の門から東約500mにある平面様式の小寺院。道を挟んで南西にはほぼ同規模の小さな寺院があり、北側にあるのがトムマノン、南側にあるのがチャウ・サイ・テヴォダです。ともにアンコール・ワットの建立者で知られる、スールヤ・ヴァルマン2世により建立されました。 トムマノンはフランス極東学院によって修復されました。チャウ・サイ・テヴォダは中国政府によって修復されています。みどころはトムマノンが祠堂と経蔵に残るアンコールワット様式の美しい彫刻、特に高度に様式化された表現豊かな女神デヴァター像や平面文様彫刻など。 チャウ・サイ・テヴォダが当時のものと見られる赤い彩色の残女神の浮き彫りや連続花葉紋、女神デヴァターの王冠髪飾りのレリーフなどです。
エピエン・トマー
アンコール・トムの勝利の門から約700mのころ、トムマノンからタ・ケウに向かう途中にあるシェムリアップ川に架かる橋の手前北側にある、旧取水口遺跡。 シェムリアップ川がすぐ側を流れていますが、現在水位が下がり遺跡よりも約10m程下を流れ、大きく蛇行しています。この遺跡は橋を兼ねていたらしく、アンコール時代には都城に送る水と貯水池などに送る水を区分していたようです。 橋脚は間隔が狭く、持ち送り石積み工法が用いられていますが、その技術手法は祠堂や経蔵の屋根の工法と同じであり大回廊の側柱屋根にも通じています。アンコール時代の水利利用と建築技術を考えるのに好例の遺跡といえます。
タ・プローム
東西1km、南北0.6kmに及ぶラテライトの周壁に囲まれ、3重の回廊によって構成される仏教寺院。アンコール王朝最強の王といわれるジャヤヴァルマン7世が母の菩提を弔うために建立しました。 タ・プロム寺院は自然と共存させる意味で、発掘当時のままの状態で保存する方針がとられており、熱帯樹林による破壊が最も激しい寺院の1つです。スポアンと呼ばれるガジュマルに近い種類の巨大樹や、イチジク科の木が遺跡を覆い、絡み付く様は壮観です。
プラサット・クラヴァン
921年、ハルシャヴァルマン1世により建立された煉瓦造りの5基の祠堂を持つ平面型の小神殿。 この小さな神殿はヴィシュヌ神を祭ったもので、中央祠堂の壁面の煉瓦に直接彫られた、ヴィシュヌ神やヴィシュヌ神の妃ラクシュミー(ヒンズー教の美の女神)の浮き彫りは特に素晴らしいものとなっています。1964年にフランス極東学院によって修復されました。
タ・ケウ
1000年頃ジャヤヴァルマン5世により建築が開始されたが、途中王が他界した為石材を積み上げただけで放置されたといわれ、この為かえって稜と線と角が強調された幾何学的な独特の立体美を誇っています。 5層の基壇の上に5点型の祠堂を建てたピラミッド型寺院に、新しく回廊様式を組み合わせるという新しい造形への挑戦がなされており、また建築途中に放置されたことで建築過程が判る貴重な資料として、後の石造建築技術者達の研究対象となりました。 これにより石造建築の謎といわれていた諸問題が解明されアンコール・ワットやアンコール・トムといった壮大な大伽藍の建築を可能にしたといわれています。
東メボン
東メボンは、東西7km、南北1.7kmの大人造湖、東バライの中央にポッカリと浮かんだように建設された寺院です。残念ながら、現在東バライは干上がっていますが、今も水を満面にたたえる西メボンから容易にその姿を想像することができます。 ラテライトの基壇の上の5点形の祠堂を煉瓦造りで建て、化粧漆喰が塗られています。祠堂の柱、偽窓などには砂岩が使用され浮き彫りが施されています。また、各基壇の4隅には実物大の優れた丸彫象が据えられています。
スラ・スラン
スラ・スランとは、「沐浴の池」の意味で、東西約700m南北300mの静かな聖地。その昔、この聖池の中心には小祠堂が建立され、王が舟で参詣したと言われています。 ポル・ポト時代に水田に改修するために、小祠堂は破壊され姿を消したままとなっています。
バンティアイ・サムレ
アンコール・ワットから東へ約19km(車で約30分)のところに位置。クメール語で「サムレ族の砦」を意味するこの寺院は、高さ6mのラテライトの周壁に囲まれ、その外観はまさに砦を彷彿とさせます。 中央祠堂や回廊、経蔵にはシヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーの3大神とラーマヤナ物語をモチーフとした彫刻が残されており、壁面や柱に残る唐草模様や神蛇ナーガの美しい欄干など、風化は進んでいますが優れた彫刻を多く見ることができます。
バンテアイ・クデイ
スラ・スランと道を隔てた反対側(西側)に、バンテアイクデイの東正門があります。ジャヤバルマン7世によって建立されたこの僧院は、後のヒンズー教を篤く信仰する王の時代を経て増改築が行われ、混交並存の様式となっています。 建設技法の稚拙さと砂岩の中でも特に風化作用に弱い材質のものを使用しているため、回廊や祠堂の屋根は殆ど崩れ落ち、崩壊が進んでいます。
プレ・ループ
プレ・ループは、東メボンと同じくラテライト造り3層の基壇の上に5点形の祠堂を煉瓦造りで建て、浮き彫りや化粧漆喰が施されたピラミッド型寺院です。各祠堂は、東側のみが開放された構造で、他3面は偽窓になっています。 第一基壇東のテラスに石槽があり、ここで死者を荼毘に付し、その灰の上に死体の体を置き、その上に線を描く、「プレ・ループ(身体を変える)」という儀式が行われ、名称の由来となっています。比較的眺めが良いので、夕日鑑賞のスポットともなっています。